竹内街道 野中寺(やちゅうじ)の南の交差点
趣味ブログ-街並み

現在の野中寺(やちゅうじ)のある交差点より南に進むと昔の伽藍の礎石跡が交差点に残っている。
この交差点の東西方向が竹内街道になる。
下の写真は竹内街道から北方向、野中寺(やちゅうじ)の交差点を見た。
堺羽曳野線で左は堺市方面、右は外環状線で、すぐに藤井寺市野中(のなか)の交差点に出る。
ちなみに野中寺(やちゅうじ)は羽曳野市野々上に建っていて、とってもややこしい‼
伽藍の礎石跡の横にある竹内街道と野中寺の説明文が南北方向の道に面して建っている。
野中寺は蘇我馬子の建立と言われ、とにかく古い。中ノ太子とも呼ばれる。
聖徳太子のお墓がある叡福寺(南河内郡太子町)を上ノ太子
八尾市にある大聖勝軍寺を(下ノ太子)と呼び、聖徳太子ゆかりの寺の一つになる。
ついでに下ノ太子は、野中から北に藤井寺市役所の方に走り津堂城山古墳の横を通って、大和川を渡り八尾空港の西を走ると、JR大和路線八尾駅の少し手前で八尾市太子堂3丁目に建っている。
伽藍の礎石跡の交差点から竹内街道の堺市方面を見る。
東方向を見る。
実はこの先が突き当たりになっていて街道はその手前で右に曲がっているが、こちらからだと道が分かりにくい。