接近困難事例_隼人塚古墳(雄略天皇陵陪塚い号)|訪問マッサージ・鍼灸なら大阪府松原市の高橋鍼灸院にご相談ください。

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接近困難事例_隼人塚古墳(雄略天皇陵陪塚い号)

趣味ブログ-古墳 

グーグルの衛星写真を見ると雄略天皇陵古墳の北側に隼人塚古墳がある。

しかし、この古墳は現在は周囲が全て民家で囲まれていて地上からはまともに見られない。

昔は隼人塚古墳の南側で雄略陵から北に伸びる道があった。

今ここを入って行っても民家に突き当たって終わってしまう。

 

北西に児童公園があってその奥の家と家の間に古墳があるはず。

でも見えない。

北側に並ぶ、家と家の隙間から見える古墳。 これが限界。

 

洗車していた男性に聞いて南にも回ってみた。

位置的には植木の向こうにあるはずだが見えない。

先ほどの男性によると1年に1,2度は古墳の掃除に来る人がいるらしい。

おそらく児童公園の方から排水溝の横を伝って、鍵の掛かった柵を開けて奥に入って行くのだろう。

知り合いに聞いたところ、昔は歯痛の時にここの山にお参りに来ていたらしい。

土着の信仰の一種か。

昔を知る人によると、お稲荷様の眷属がこの辺り一帯に降り立つらしい。

田園風景が広がる中でここに森があって、「ちゅうしん山」と呼んでいた。

語源は分からない。

お稲荷様の眷属が降臨する中心なのか、雄略天皇の忠臣なのか、もっと違う意味なのか。

ただ、村の人たちはここが古墳だとの認識を持っていなかった様子。

あまりにも古い話で、古墳としての記録は一般庶民には伝わらなくて、ただ感覚的に、ミステリースポットと言うか、パワースポット的な場所として庶民が受け入れやすい稲荷信仰と結びついたのかも。

毎年、この「ちゅうしん山」を始めとして、島泉、小山、津堂の付近一帯で眷属が降臨する場所にお供えをして回られたとか。

そのような慣習も今は昔。宅地開発で家が建ち込み、お供えをしようにも隼人塚に繋がる道が今は全く無い。

周りに住んでいる方のお宅に入れてもらえないと一般人は接近も出来ない。

古墳自体が潰されなかっただけましかもしれませんが、非常に残念です。

羽曳野市さん。児童公園の方からもう少し見れるようになりませんでしょうか?

お願いします。

 

 

 

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